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寒造り再び

1997年2月


今年の冬は例年になく暖かい。おかげで我々の生活は多少楽であるが、酒を造る側としては、暖かいということはまことに都合の悪いことである。皆さんには申し訳ないが、一月の後半になってようやく本格的な寒さになって、我々はやっとほっとした。

酒は「寒造り」に限る、と以前の御園竹便りに書いたことを覚えておられる方もいると思う。酒の原料となる米が手に入るのが秋から冬にかけてであり、また酒造りに農閑期の季節労働力を利用する、そして冬は酒を造る際にじゃまな雑菌の少ない季節であることなどが「寒造り」の理由である、というような事を書いた。その他にも、酒造りには寒くなければならない訳がある。

酒を仕込み始めるときの温度は、だいたい十℃以下の温度で仕込み始める。冬の十℃といえば結構暖かい温度の様に感じられるが、実際に米や水を十℃以下の温度にするのは大変なのである。寒い朝など、井戸や川の水から湯気がたっているのを見たことのある人は多いであろう。井戸水の温度は冷たいようでいても十五℃程度の温度である。この水の温度を十℃以下に落として、毎日何トンも仕込みに使うのだから、水を冷やすのだけでもたいへんである。

また、米は仕込みに使う前にいったん蒸して百℃以上にする。これを急いで冷やさなければならない。茶碗一杯の米ならばあっと言う間に冷えてしまうのだが、仕込みに使う米は、多いときで一日三トン近くになる。この米をなるべく早く冷やそうとしたら、外気はなるべく低い方が良いことは分かっていただけると思う。

また、発酵が進んでくると、酵母はどんどん熱を出すため、「もろみ」の温度はだんだん上がってくる。「もろみ」の温度が上がりすぎると、発酵が急速に進んでしまうので、ある程度以上には温度が上がらないように管理してやらなければならない。この温度は普通酒でも十六〜七℃程度、大吟醸などではせいぜい十一℃程度におさえなければならない。気温が充分に低ければ、外気を入れることで発酵タンクの温度を下げることができるが、暖かい場合は、タンクの周りを雪で囲うなどして温度を下げてやらなければならない。

その他、当社の特徴である「きもと造り」の場合は、「もと」を最初に五℃近くまで冷やす必要がある。気温が高い場合は、氷を買ってきたり、池から氷を切り出してして温度を下げるために使っている。

この様に、寒さを利用して酒を造っていくのが当社の、そして信州の酒造りなのである。

もちろん、信州よりずっと暖かい場所でも酒造りができるのであるから、必ずしも気温が低くなければ酒が出来ないというわけではない。それぞれの地方でそれぞれの造り方がある。しかし、この寒さを利用した酒造りが、当社の酒の味を作り出していると私は考えている。だから、杜氏をはじめ、酒造従業員の皆には大変ではあるが寒い中での酒造りをお願いしている訳である。

今年も酒造りは一番の山を迎えている。幸いにして気温もぐんぐんと下がってきているので、安定した酒造りが出来そうな気配である。ご期待いただきたい。

 

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