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酒造雑話…酒の熟成(2)

2000年8月


 

よく「一年前に貰った酒が出て来たのだが、まだ呑めますか」というような質問を受けることがある。この質問は非常に難しい。そのお酒が目の前にあれば、封を切ってきき酒をしてみれば良いのだが、電話などで質問されたときは困ってしまう。以下は蔵元としての公式見解でなく一般論として話をさせていただく。そもそも日本酒はアルコール度数の高い飲料なので、賞味期限を設定していない。一つの目安としては三ヶ月程度であろうか。しかし、瓶詰めをして長い時間経つと品質が劣化するので、蔵元としてはなるべく早く呑んで欲しいと思っている。

酒は古くなっても「火落ち(ひおち)」さえしていなければ、味はともかくとして呑むことはできる。日本酒はアルコール度数が高いので、雑菌が繁殖することはほとんどない。例外が「火落菌(ひおちきん)」という乳酸菌の一種で、これはアルコールがあっても繁殖できる菌である。この菌が繁殖すると酒が白く濁る。これを「火落ち」と呼ぶ。

「火落ち」をした酒は、変な香りがして味がすっぱくなり、とても呑めたものではない。しかし、呑んだからといって身体に害があることはまず無いので安心してください。先に三ヶ月を目処に呑んで欲しいと書いたが、蔵元が出荷する酒の中には醸造してから一年以上経った酒も多数ある。蔵元で貯蔵しておくのと、家庭で保存しておくのではどんな違いがあるのだろうか。一つには、「火入れ(ひいれ)」の回数である。火入れに関しては以前も何回もお話ししたが、簡単に説明すると、日本酒を65度程度で加熱殺菌する処理のことで、この処理により火落菌はほぼ死滅する。その代り酒の熟成が進むのである。蔵元で貯蔵している酒は一度火入れをしてそのままタンクに入れた酒である。火入れとその後の貯蔵により、適度に熟成したところで出荷する。出荷の際、瓶に詰めるときにもう一度火入れを行う。これにより瓶に詰めてからはどんどん熟成が進んでいき、味が変化してしまうのである。もう一つ蔵元と家庭での大きな違いは貯蔵温度である。蔵元では夏場最高でも22℃程度、平均すれば17度程度で酒を貯蔵している。一日の中での温度変化はほとんど無い。しかし家庭では、夏場はもっと熱くなるし、一日の中でも10℃以上温度が変化することはざらである。この温度変化により、酒の熟成が変わるのである。その他、光(日光や蛍光灯など)によっても品質が変化する。

逆に言えば、酒を買って、すぐに冷蔵庫に入れてしまえば酒の寿命を伸ばすことができるのである。土室があれば、その中へ入れておくのも良いであろう。押入れも光が入らないという点では良いのだが、やはり温度が若干高いのでどうだろうか。こうやって酒を保存することを考えていると、買ってきた酒を自分の家で上手に熟成させることはできないだろうか、という考えがでてくる。実際にそうやって酒を熟成させて楽しんでいる人もいる。凝っている人はワイン用の冷蔵庫を買ってきて日本酒を貯蔵している。この家庭で酒を熟成させる話は、別の機会に詳しくお話したいと思う。最後に、ことしも初呑切が終わり、蔵の中の新酒も適度に熟成していることが確認できたことをご報告し、今月の御園竹便りを終わりとします。

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