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酒屋の話題

1998年2月


この所、酒造メーカーを主題とした小説などが目につく様になった。今までは小説の中では、酒が物語り等の狂言回しの役目として用いられていて、酒造りそのものがテーマの主人公となっているのは希であった。

しかし、この数年は様相が異なって来た。それは今までは文字を通じて本という媒体を通じてしか、作家は読者に語りかけることができなかったのであるが、それがテレビという媒体が出来てから様相が一変してしまったのである。

テレビが家庭に普及して以後は強引とも思われるように、テレビを通じて、物の考え方や見方に至るまで、各家庭に作者の主張が入り込んでくるのである。それは恐ろしいばかりであり、注意しなければ思想性の問題にまで入り込んで来る。しかしその一方、画像を通じて、今まで未知だった世界も、身近なものになって来るのである。それまでは自分の周囲にある社会にのみ限定されていた視野が急速に広がってしまう。それに依り人間の社会観も広がって行くのである。

酒造業の社会もそうである。今まで業界に近い人だけしか知られていなかった酒造りの世界が身近に感じられて来られた方々も多いであろう。ベストセラーになった宮尾登美子の「蔵」、そして最近では毎朝十五分ずつ放映されている連続ドラマ「甘辛しゃん」が最も良い例であろう。

「甘辛しゃん」の物語は四十年位前の時代から始まる。神戸の酒造メーカーで、大体我が社と同じ規模くらいの酒造家と思える。「甘辛しゃん」という言葉はNHKの造語で、今までの酒造業界の用語には無かった物である。以前から酒の官能評価(きき酒)についての表現は様々あったが、「甘辛しゃん」という表現は始めて聴いた。以前からは酒の旨味の事を総評して「甘辛ピン」と言った。

「甘辛」とは酒の甘口、辛口の事である。といっても甘い辛いだけで酒を評価するのではない。酒を口に含み、味の基本である甘味、酸味、塩味、苦味の基本の味の調和を見てさらに咽の奥にまでそれを引き込んで含み香の量や調和を判断する。酒の口当たりや舌触り、アルコールの刺激なども一緒に判断する。きき酒の場合は最後にそれを吐き出し、舌に残る後味の程度を判断する場合もあるし、きき酒会以外では、その酒を呑み下し、その後のきれの良さを判断する。その総合点を「甘辛ピン」と言ったものである。

今回のNHKの連続ドラマでは、その「ピン」を「しゃん」に置き換え、「甘辛しゃん」とい新語を作り上げたのである。「澄み切った秋の空」の様に「しゃん」と出来上がった酒だという事で「甘辛しゃん」という新語が出来たと想像する。この言葉は「甘辛ピン」と同じ意味合いを持つものとして、日本酒業界に定着していくのではないだろうか。

連続ドラマ「甘辛しゃん」の中でちょっと気になるのは「女は蔵に入れない」という設定である。確かにこのドラマの設定の時期ではそうであった。ドラマの中では「女が酒蔵へ入ると酒の気が散るからいけない」といっている。実際には深夜作業などが多かった時代の労務問題から発生している問題であろう。逆に現在では、積極的に女性の進出が有っても良いのではないかと思えるのが現在の労働事情でなのであろう。

当社の今年の酒も「甘辛ピン」が調和したものが出来上がりつつあることをご報告して今月の筆を置くこととする。

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